〈 誰が駒鳥殺したの 〉
――過去ストーリーのテキスト版。
〈Prologue : 30-09〉
- 謎の場所にて
扉から差し込む朝の光は、まるで天国へ続く架け橋のようだった。
きらきらと輝く小さな埃は天使みたいに彼を優しく包み込んでいるし、彼の細やかな髪にこびりついたそれなんかは溶けたミルクチョコレートのようにも見えた。
これを見た青年は言葉の通り目を丸くして、驚いたようにこう言った。
巡査: そ、そんな、カカオさん!?
巡査: は……早く、警部に連絡を!!
〈走り去る革靴の音〉
〈暗転〉
(不明): おお、神よ。
(不明): どうして彼が死んでしまったのでしょうか?
(不明): 私のかわいい駒鳥を、一体誰が殺したのでしょうか?
それは――
〈Eins : 15-09〉
- とある民家にて
〈時計の針の音〉
A: あークソ、少しやりすぎたな……
B: まあ……売れないこともないだろうが、顔がいいわけでもないし、バラした方がマシかもな。
B: コレクターが見つかれば大儲けなんだがなぁ。
A: クソ、お前が余計なことしたせいで、いろいろ考えねぇといけなくなっただろ。
B: うるさいな、とりあえず話は後だ。あまり長居はしたくない。
A: チッ……わかったよ……
〈一人が歩く音〉
〈二度、何かを引きずる音〉
〈扉が静かに閉まる音〉
〈暗転〉
C: ママ、ただいま~。お腹空いた~。
C: ……ママ? ヨハン?
C: ねえ、電話落ちてるよ。
C: パパー?
C: 出かけてるの……?
C: ……?
C: え。
〈暗転〉
〈プリンターの稼働音〉
〈紙を捲る音〉
――ハイデルベルクのとある一軒家にて、凄惨な殺人事件が起こった。
被害者はデニス・リヒター、ケリー・リヒターの2名。
警察署によると、第一発見者はリヒター家の長男で、長男が友人宅から帰ってきたところ、リビングで父・デニスの、浴室で母・ケリーの遺体を発見した。
〈紙を捲る音〉
現場はかなり荒らされており、強盗目的の殺人であると推測されている。
また、同じく家にいたはずの次男・ヨハンは消息不明であり、事件に巻き込まれた可能性が高い。
現在警察は犯人と次男、両者の行方を調査中――
〈Zwei : 19-09〉
- チョコレート&コーヒーショップ・Schokoladeにて
フリッツ: うーむ……今日も物騒なニュースが多いなぁ。
フリッツ: ……聞いてます? オーナー。
カカオ: いえ、全く。
フリッツ: もう! 結構大きな事件なんですよ。一体何人行方知れずになったことか……
フリッツ: もっと興味持った方がいいですって。ハンブルクに始まり、ベルリン、フランクフルト……
フリッツ: 昨日なんてニュルンベルクですよ! どうしよう、もし狙われたら対抗できないよぉ……
カカオ: ハハハ、大丈夫ですよ。アナタとっても影が薄いですから。
フリッツ: き、気にしてること言わないでくださいよ……
フリッツ: はぁ……オーナーと話すと疲れますね……
カカオ: おや、アナタから話しかけてきたのにも関わらず、全く酷い言い草ですねぇ。
フリッツ: うるさいですね。もっと興味持ってくれるかと思ったんですよ。
フリッツ: オーナー、新聞もテレビも見ないし、スマホも持ってないから知らないかなって……
カカオ: フリッツ、アナタはラジオもご存じないのですか? ハハ、流石現代っ子ですねぇ。
フリッツ: 知ってますよ……その発想がなかっただけで。
フリッツ: ホント屁理屈しか言えないんすね……
カカオ: そちらこそ失礼じゃありませんか。もしかして、レディに対してもそのような態度で?
カカオ: ああ、いえ、なるほど。だからガールフレンドの1人も作れないのですね。
カカオ: 傷口を抉ったようで申し訳ありません、ハハハ。
フリッツ: ~ッ!! アンタにだけですよ、この変人!!
フリッツ: もういいです。表の掃除してきますんで。
〈走り去る革靴の音〉
〈ドアベルの音〉
〈扉が閉まる音〉
カカオ: おやおや……短気は損気、ですよ。
カカオ: …………
〈Drei : 21-09〉
- チョコレート&コーヒーショップ・Schokoladeにて
カカオ: (ふむ、イマイチですね……風味が抜けています)
カカオ: (ハロウィンシーズンまでに完成させようとした結果でしょうか)
カカオ: (少々期待していただけに残念です)
〈ドアベルの音〉
カカオ: ああ、はいどうも、いらっしゃいませ。本日は何をお求めで――
カカオ: なんだ、アナタですか。
巡査: なんだ、って……本官ではご不満ですか、カカオさん。
カカオ: いえいえ、とんでもない! 巡査殿も大切なお客様ですからね。
カカオ: ちょっと面倒だなと思っただけですよ。
巡査: 結局不満なんじゃないですか!
カカオ: それで、ご用件はなんでしょう?
巡査: ああ! えーと、本日お伺いしたのはですね。行方不明者一覧のポスターを貼らせて頂きたくて。
巡査: 最近の行方不明事件についてはご存じでしょう?
巡査:我々バイエルン州警察の方でも、いろいろと取り組んでおりまして。
巡査: ポスターもその一環なんです。
カカオ: へぇ、それは素晴らしいですね。
巡査: いえ、寧ろこんなことくらいしかできない現状なのが悔しいです。
巡査: でも、ショコラーデはミュンヘンじゃ有名なお店ですし、市民の目にも付きやすいかなと思って!
巡査: 被害を抑えるためにも是非、ご協力お願い致します!
カカオ:なるほどなるほど……では、丁重にお断りします。
巡査: え!? ど、どうしてですか!?
カカオ: 理由ですか……
カカオ: 店の外観が損なわれるから。
カカオ: ……でしょうか?
巡査: そんな理由で……!!
カカオ:おや、他の理由をお求めですか? 少々お待ちください、今考えますので……
巡査: ふざけないでください! 今も誰かが巻き込まれてるかもしれないんですよ!
巡査: 行方不明者の中には女性や子供も……
カカオ: それを解決するのがアナタ方の役目でしょう。ワタシの仕事はチョコレートとコーヒーを売ることですので。
巡査: それは…………
巡査: そうですね……押しつけてしまって申し訳ありません。他をあたることにします。
カカオ: 左様ですか。ポスターの似合うお店が見つかるとよいですね。
カカオ: ……あ、ついでに何か買っていかれますか?
巡査: ……仕事中ですので。
巡査: それではまた……
〈革靴で歩く音〉
〈ドアベルの音〉
〈扉が閉まる音〉
〈Vier : 24-09〉
- チョコレート&コーヒーショップ・Schokoladeにて
フリッツ: ――休業?
カカオ: ええ、用事ができまして、ベルリンの方まで出張致します。
フリッツ: ベルリンに!? いいなー、オレも行きたかった。
カカオ: 遊びに行くのではありませんよ。出張だと言っているでしょう。
フリッツ: わかってますよ、ただの願望です。
フリッツ: 休業手当は頂けるんですよね?
カカオ: え?
フリッツ: え!?
カカオ: もちろん出しますよ。
フリッツ: じゃあ今の顔は何だったんすか。
カカオ: とりあえず、今日はもう店じまいですから帰って結構ですよ。
フリッツ: あれ? もしかして今日から行くんですか?
カカオ: ええ、先程急に言われましたから。それに、列車のチケットを用意して頂いているんです。
フリッツ: いつの間に……?
カカオ: とにかく、今月いっぱいはお休みです。戻ってこられるのは恐らく10月になりますので。
フリッツ: 結構長いですね……まあ、わかりました。とにかく気を付けてくださいよ、特に夜!
フリッツ: いくらオーナーの背が高くて威圧感があっても、誘拐犯に狙われないとは限りませんからね。
カカオ: ハハ、そんなに心配なさらずとも大丈夫ですよ。
フリッツ: ホントかなぁ……
フリッツ: まあ、いいや……そんじゃ、お先に失礼しま~す。
〈革靴で歩く音〉
〈裏口が閉まる音〉
カカオ: ……さて、どうしたものでしょう
カカオ: (このシーズンにわざわざワタシ宛の臨時業務……どう考えても面倒な案件ですね)
カカオ: (他の者は皆、本業務が忙しいのでしょうか。いえ、ワタシも普通に忙しいのですけど)
カカオ: (帰ったらいろいろと確認しなければ……)
カカオ: ……全く、何を考えておられるのか。
〈Fünf : 24-09〉
- 自宅にて
〈ラジオの電源を付ける音〉
〈マイクノイズ〉
〈シューベルトの魔王が流れ始める〉
カカオ: ……さて。
〈電話の呼び出し音〉
〈電話が取られる音〉
(不明): ――――……
カカオ: こんにちは、お父様。お元気そうで何よりです。
(不明): ――――……?
カカオ: ええ、多少は使いより聞いております。
カカオ: しかしお父様、一体どういう風の吹き回しでしょう?
カカオ: アナタの愛する息子が危険に晒されてもよいと?
カカオ: 通常業務だけでも、命綱なしの綱渡りをしているようなものですのに。
(不明): ――――――……
カカオ: ……Ja.
(不明): ――……?
カカオ: そちらはいつも通りの手筈です。
(不明): ――…… ――――……
カカオ: ……え?
カカオ: 本当ですか? 本当に?
カカオ: 嗚呼……なるほど、そういうことですか。
(不明): ――……
カカオ: ええ、ええ……承知致しました。
カカオ: 確かに、ワタシが適任かもしれませんね。
(不明): ――――……
カカオ: なるほど、では30日に彼をフェアシュテックに。
カカオ: その他の詳細は明日直接お聞かせください。
カカオ: 長話をしてしまうと列車に乗り遅れてしまいますので。
(不明): ――……
カカオ: ええ、ワタシも愛しておりますよ。
カカオ: それではお父様、また明日お会い致しましょう。
〈受話器を置く音〉
カカオ: ……急がなければ間に合いませんね。
カカオ: はぁ……これだから旅行は嫌いなんです。
〈スリッパで歩く音〉
〈ラジオの電源を消す音〉
〈Sechs : 29-09-30-09〉
- 謎の場所にて
〈時計の針の音〉
〈23:58 29-09〉
カカオ: ……こちら……ませんか?
(不明): …………言って……
カカオ: ……様……話…………仰って――
(不明): だから……俺…………いな……!?
(不明): ……や………うよ……
カカオ: …………死にま……
(不明): ……
(不明): ……はは…………
〈23:59 29-09〉
(不明): 俺の…………誰…………こない……
(不明): …………するこ……しか……な。
〈拳銃を構える音〉
カカオ: ……!
〈揉み合う音〉
〈倒れる音〉
カカオ: かッ…………
カカオ: わ……ワタシはまだ……
(不明): 黙れ!! お前に生きる資格なんてない!!
〈揉み合う音〉
(不明): これは……これはテメェが選んだ道なんだよ!!
〈打撃音〉
カカオ: あ。
〈0:00 30-09〉
〈発砲音〉
〈暗転〉
(不明): ……こうするしかなかったんだ。
(不明): 俺たちみたいな悲しい人間がこれ以上生まれないためには……
(不明): こうするしか……
(不明): なあ……これが正解のはずだろ? 答えてくれよ……
(不明): 神様……
〈Back in time...〉
〈Sieben : 24-09〉
- チョコレート&コーヒーショップ・Schokoladeにて
〈ドアベルの音〉
カカオ: ふぁ……はぁ、眠い……
カカオ: フリッツが来るまで休憩室で一眠り……
カカオ: ……?
カカオ: (気配がする……誰かいる……? 表の戸締りはされていましたが……)
カカオ: (まさか裏が? フリッツが閉め忘れた?)
〈物音〉
〈振動と共に倒れる音〉
カカオ: ……!
カカオ: (気のせいではないようですね。ワタシだけで取り押さえられるでしょうか)
カカオ: (とにかくナイフだけでも……)
(不明): ~ッ! いってぇ……
カカオ: …………
マルメラ: カカオ!!
マルメラ: アタシ、前にクッキーの缶はもっと低い位置に置いとけって言ったじゃん!
カカオ: マルメラーデ……ワタシはそれについて一切了承した覚えがありません。
カカオ: もちろん不法侵入もです。
マルメラ: ありゃ? そうだっけ。まあどうだっていいぜ、そんなこと。
カカオ: ワタシがよくありません。
マルメラ: うるせぇな、折角お前にイイモン持ってきてやったのによ。
カカオ: そう言って今までに持ってきたものは何です?
カカオ: 飼い犬の抜け毛と虹色のカナブン、それからその辺のドングリ。
マルメラ: そんなカリカリすんなって。今日はそういうんじゃねぇから。
マルメラ: はい、これ。
〈紙の音〉
カカオ: 手紙? ……お父様の印璽のようですが。
マルメラ: そうそう、ボスからの素敵なお手紙だぜ。
カカオ: 電話では駄目なのです?
マルメラ: お前から掛け直せってよ。他の奴が居合わせたらまずいだろ?
カカオ: はぁ、そのパターンは面倒なことに巻き込まれると決まっているんですよ。
マルメラ: その通り! 今回は臨時業務があるぜ。
マルメラ: もちろん、通常業務もいつも通りな。
カカオ: …………
マルメラ: おい、怖い顔すんなって。怖い顔したら怖いだろうがよ……
カカオ: 今月の予定を考えていただけですよ。
カカオ: とりあえず……仕事はちゃんとこなします。本業を疎かにするつもりはありませんので。
マルメラ: あ、そう? んじゃ、17時に駅で落ち合おうぜ。
カカオ: は?
マルメラ: お前、ちゃんと読んでねぇだろ? 明日フェアシュテックに来いって書いてるはずだぜ。
カカオ: お父様の字が小さくて読みづらいんですよ。ただでさえワタシ、目が悪いんですから。
カカオ: はぁ、もう……今月どころか、今日の予定まで全て狂いました。
マルメラ: どうせコーヒー飲んで寝るだけじゃねぇか。
マルメラ: とにかく、17時にミュンヘン中央駅。忘れんじゃねぇぞ。
カカオ: ……承知致しました。