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いつかの31日
▼登場キャラクター
トクジラ キタル
ヤスダ ナナミ (mob)
クラスメイト (mob)
ユメ(mob)
いつかの31日: テキスト
放課後を知らせるチャイムが鳴ると同時に、彼らは勢いよく椅子を引いた。
ランドセルロッカーの周りには一瞬で人集りができていたが、帰る準備をする者は誰一人としていない。
「ユメちゃん、死なないで!」
「死んじゃやだ!」
ロッカーの上には一槽の水槽が置かれている。女子たちは涙ぐみながら、その中で揺蕩う一匹の金魚に懸命に声を掛けていた。
金魚の動きは緩慢としていて、どこか元気がないように見える。色艶も良好とは言えず、弱っているのは明らかだった。
この金魚のユメの異常に彼女らが気が付いたのは二日前のことで、その時は裏返って水面の近くで浮かんでいたらしい。
その時は発見した女子の一人が死んだと勘違いして泣き出してしまい、軽く騒ぎになったようだが、この通りユメはまだ生きている。だが、このまま放っておけば――
「いつか、死んじゃう……」
無意識にそう呟いてしまったキタルに、クラスメイトの視線が集う。
キタルは一昨日から熱で学校を休んでおり、ユメの様子を見るのは三日ぶりだ。症状を聞いてから原因は予想できていたが、実際に観察したことにより、キタルの予想は確信へと変わっていた。
「そ、そんなこと言わないでよ」
「外鯨くん酷い……」
「あ、いや、そういうつもりじゃなくて……」
しかし、それを伝えようにも、この信じられないと言わんばかりの空気に思わず口篭ってしまう。教室の奥では机の上にどかりと座り込んだ品の無い男子三人組が、こちらを見てにやにやと笑う始末である。
彼らはこの三年一組を牛耳っていると言っても過言ではない存在だ。内気なキタルは「オタクっぽい」と称され、ことあるごとにバカにされている。今回は女子に凄まれ、動揺しているキタルがおかしくて仕方がないらしい。
このままでは何も伝えられない。キタルは焦る気持ちを何とか飲み込み、次の言葉を紡ぐため、震える口を開いた。
「そ、その、多分転覆病かもって……」
「転覆病……? 何それ?」
「ユメちゃん、病気なの!?」
「えっと、ご飯を食べすぎて消化不良になっちゃってるんだよ。たくさん餌をあげちゃうと、金魚は全部食べようとしちゃうから……」
気まずそうに、俯きながら話すキタルに、クラスメイトたちは顔を見合せる。
「治るの?」
「た、多分……」
「じゃあお願い! ユメちゃんを治して!!」
クラスメイトのヤスダ ナナミは、キタルの手を力強く握る。
ナナミはユメをクラスに連れてきた張本人だ。クラスで一番ユメと仲が良いのは誰かと問われれば、皆口を揃えてナナミであると答えるくらい、ナナミはユメのことをかわいがっていた。無論、ユメが人間を認識しているかどうかは、誰にもわからないのだが。
「わ、わかったから、ちょっと待ってて……」
キタルは握られた手をそっと解き、逃げるようにして教室を飛び出して行った。
いつかの31日: ようこそ!
+++
いつかの31日: テキスト
「うん……これでもう大丈夫なはず」
キタルは一歩水槽から下がると、残っていたクラスメイトたちにユメの様子を見せた。といっても変化があったのはユメではなく水槽の方だ。何やら見慣れない機械が取り付けられており、ナナミは不思議そうに見つめている。
「外鯨くん、これ何?」
「水槽用のヒーター、理科室から借りてきたんだ。あのね、多分最近ずっと雨が降ってたから水の中が寒くなっちゃってたんだと思う。金魚って、寒いと動けなくなっちゃうし、お腹の調子も悪くなっちゃうから……」
「暖かくしてあげればもう大丈夫なの?」
「うん。でも、ご飯も暫くあげちゃ駄目なんだ。ゼッショクしないと消化できないままだから」
クラスメイトたちは不安げな表情を浮かべる。絶食の正しい意味はわからないようだが、なんとなく察しはついているらしい。しかし、ナナミだけは潤んだ涙を拭い、柔らかく微笑んでみせた。
「本当に、本当にありがとう! 流石外鯨くん。水の生き物のことならなんでも知ってるんだね」
「そ、そんなことないよ。今回はたまたまで……でも、俺もユメが元気になったら嬉しいし、知ってて良かった。と思う」
「あはは、なんだよそれ〜」
いつの間にか、キタルはクラスメイトたちに囲まれていた。自分が輪の中心にいるなど、生まれて初めてのことで、波間が揺らぐような心地良さすら感じてしまう。
暖かな夕陽に包まれた教室に響く笑い声。ああ、自分が求めていたのはこれだ。
張り詰めていた空気が、朗らかなものに変わったと気が付いた時には、自然と自分の口元も綻びを見せていた。
しかし、そんな幸福は淡く、儚く。
「――え?」
月曜日には幻のように消え去っていた。
「嘘、吐いたんだ」
「最低」
水槽には濁った目をしたユメが浮かんでいる。微動だに動かないそれは、今度こそ、間違いなく死んでいた。
「そ、そんな……! 昨日の様子ならこんなにすぐ死んじゃうわけない!」
「じゃあ外鯨くんのせいなんじゃん! 外鯨くんが変な機械入れたから、ユメちゃんが……」
怒りを露わにして叫んでいたナナミは抑えきれなくなった涙を拭い、嗚咽を漏らし始めた。
ユメが死んだ? そんなわけがない。少なくとも、昨日の処置によって死ぬようなことは何もしていないはずだ。
「飯あげなかったから死んだんじゃねぇのかよ?」
その言葉に、キタルはびくりと肩を震わせた。視線を声のする方へと向ければ、教室の奥でにやにやと笑う三人組と目が合った。
「で、でも、土日の二日だけで、そんな……」
「そもそもなんだっけ、テンプク病? 本当にそれだったのかよ? お前が勝手に言ってるだけじゃないの?」
「いつもぼっちだから、嘘吐いて話題に混ざりたかったんだろ、ははは!」
彼らの大きな声に圧倒される。周囲のクラスメイトたちも、彼らの言葉に呑まれていく。ああ、違うのに。そんなわけがないのに。そうだ、俺の、俺のせいじゃ――
「みんなー!」
「ユメが死んだのはー、外鯨くんのせいでーす!」
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いつかの31日: ようこそ!
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