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存在するわけがなかった

▼登場キャラクター
 外鯨 来
 安田? (MOB)
 ??? (MOB)

存在するわけがなかった: テキスト

「わ、びっくりしたぁ……外鯨先生、もういいんです?」
「ええ、まあ」
「でも流石に短すぎますって。昨日から帰ってないんですよね? もう少し――」
「いえ、本当に大丈夫です。では」
「ちょ、ちょっと先生!」

 不安げな表情を浮かべる女を気にも留めず、外鯨は研究室の扉を開けた。
 時は五更、寅の刻。残っている者は誰一人としておらず、機器の駆動音だけがただ静かに響いているだけだった。
 外鯨は明かりも付けず、窓際に位置する自身のデスクに向き合うと、そっとコンピューターの電源ボタンを押した。そうして映し出された入力画面にパスコードを打ち込んでいくと、画面は見慣れたアイコンの羅列へと切り替わる。

(今日中に、終わらせてしまわないとな)

 浅い溜息を吐いて、ファイルの一つをクリックする。が、なかなか反応してくれない。マウスの不具合を疑い、別のファイルを開いてみるが、何の異常もない。

「もう……なんなんだ……」

 いろいろと試してみたものの、作業中のファイルだけが何故か開けない。
 これで駄目なら一からやり直そう、と半ば諦めつつもコンピューターに再起動をかける。すると、突然耳を劈くけたたましい異音が鳴り響いた。気が狂いそうになる程の衝撃に思わず体が強ばってしまう。かといって、このままここに留まるわけにもいかない。

「み、耳が……はぁ、はぁ……壊れ……」

 外鯨は足で床を蹴り、椅子を滑らせ研究室の出入口へと向かった。
 しかし、奇怪な音は鳴り止むどころか、どんどん大きくなっている。それでも廊下に這い出れば、幾許かはマシになったように思えた。

「クソ……」

 倒れた椅子を足で部屋の中へと突っ込み、勢いのままに扉を閉める。そのままへたり込むように床に座れば、自分の体力の消耗具合がよくわかった。
 意識も虚ろで、暫くの間は動けないでいたが、ふと窓の外を見てみると雨が降り始めているようだった。

(最悪だ……)

 朝まで帰るつもりがなかったため、傘は車の中に置いたままだ。しかし、もう仕事ができる心境ではない。帰宅するつもりだったが、こうなってしまえば仮眠室に戻る他ない。
 そうと決まればと外鯨は立ち上がる。その時、先程までは見えていなかった外の様子が視界に入ってきた。
 仮眠室の前で会った女――安田が雨の中、傘も持たずに立ち尽くしていたのだ。目の前にはレインコートを着た子供が一人。

(安田先生、何をしているんだ? 子供が迷い込んで……?)

 ガクン。

 突然視界が大きくブレたかと思えば、目の前に自分の顔? 自分の顔があった。

 これはなんだ? 水だ。水? 水溜まりだ。その先はなんだ? ああ、あれ? どうした? 聞こえているのか? 大丈夫か? お前、お前の――

「もう……うるさい!!」
「い……っ」

 水が跳ねる。金属がぶつかる。啜り泣く。そして。

「ママ……ごめんなさい……」

――そっと目を開けると、ずらりと並ぶ二段ベッドが見えた。どれほど眠ったのか、と携帯電話に手を伸ばし、時刻を確認する。ちょうど三時四十分を過ぎた頃だった。
 身体を軽く伸ばし、折り畳んだ毛布を元の位置に戻す。そして、仕事に戻ろうと仮眠室の扉を開くと、女の小さな悲鳴が聞こえた。

「わ、びっくりしたぁ……外鯨先生、もういいんです?」
「ええ、まあ」
「でも流石に短すぎますって。昨日から帰ってないんですよね? もう少し眠った方がいいですよ」
「いえ、本当に平気ですから。戸締りはしておきますので、安田先生もお帰りになられて大丈夫です。では」

「おやすみなさい」

存在するわけがなかった: ようこそ!
存在するわけがなかった: テキスト
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